平成28年5月24日(火)、足立区庁舎ホールにおいて、テレビでお馴染みのケント・ギルバート氏をお迎えし、日本国憲法を作った米国人の立場から日本人へ提言、そして「美しい日本の憲法をつくる国民会議」の制作した憲法改正ドキュメンタリー映画(百田尚樹総指揮、櫻井よしこ・百地章監修)の上映会を開催しました。
映画は要点をしぼりこんだダイジェスト版でしたが、照明を落とした観客席からは危機感からのざわめきがおこりました。
映画は「美しい日本の憲法をつくる国民会議」にお問い合わせいただくか、所属議員にお声かけください。
進駐軍という名の、事実上「アメリカ人」が作った憲法で、そのアメリカ人の私(ケント)がいうのもおかしな話しですがと、最早「流暢」という表現が失礼な日本語で、戦後憲法の成り立ちから説明がはじまります。
ユーモアを交えながらも、辛辣な指摘は日本人の耳に痛く、一方で憲法問題に詳しいご婦人・・・あえて「改憲女子」と呼ばせていただきますが・・・からは「そうだ、そうだ!」のかけ声がかけられていました。
ケントさんは法科を出た身として、現在の日本国憲法に一応の合格点を与えます。それは70年間も実用に耐えたからです。
ただし、それは既製品で、いわばユニクロのチノパンで、しかも「ほつれ」がでているとこき下ろします。
さらに報道規制にまで話しが及びます。
野党や一部メディア、ジャーナリストが訴える「報道規制」ではなく、GHQによる報道規制がいまも継続されており、大胆に意訳するなら「日本が普通の国になろうとする報道はすべて規制されている」と指摘します。
憲法改正について、ケントさんは二つの提案をしますが、まったく押し付けがましいものではなく、そもそも憲法とはその国の国民が考えるものであるという、普通の国なら当たり前の哲学で締めくくります。
前後しますが、講演の途中でケントさんは聴衆に問いかけます。「日本は大国だと思う人」。これに挙手した聴衆は少数。つまり、憲法について考える聴衆でさえ、日本は大国ではないと考えている。この事実にケントさんは衝撃を受けたようです。
ただ、あえて弁護するなら、謙遜を美徳とする善良なる日本人なら「はい、大国です」と答えることに躊躇うもの。
そんな聴衆の意を汲んでか、ケントさんは激励します。
日本は明治維新を迎えたときから大国だった。なぜなら、世界有数の識字率を誇ったから。1億2千万人の人口を超える国はヨーロッパにはなく、英国やフランスは6千万人で、経済においていまだ世界第3位を誇り、そもそも2位の中国の数字には疑問が残り、中国と比べれば10分の1の人口で互角に渡り合っている日本が、大国でないとは言わせない・・・とは発言要旨。励まされる言葉です。
講演後、質疑応答に答え、また、ケントさんのご子息が、一時期、足立区皿沼に住んでいたとエピソードが紹介されます。
ケントさんも執筆に携わった「正論SP(スペシャル)高校生にも読んでほしい そうだったのか 日本国憲法100の論点」では、タイトル通り、より深い議論をするための論点整理がされています。
来賓として登壇した鴨下一郎衆院議員は、自民党結党時の政治家に由来する命名由来を紹介し、今回の講演会はまさに自民党の思いと同じだと指摘しました。
ケント・ギルバードさんの講演を除き、もっとも「歓声」が高かったのが、ほっち易隆都議会議員。世間を騒がせている首長への批判が、議員に向けられた形で、野次に近い励ましの声が飛び交っていました。なお、高島直樹都議は公務のため欠席しました。
出席した自民党 足立区区議会議員全員が登壇し「蛍の光」を4番まで斉唱しました。小中学校の卒業式でも歌われる「蛍の光」は1番と2番ですが、3番と4番では学舎を巣立った国民の雄々しき心を歌っています。また、ウィスキー作りに情熱をかたむけた日本人と、それを支えたスコットランド人の妻との、夫婦愛を描いた朝ドラ「マッサン」の劇中歌として使われたように、原曲はスコットランド民謡です。
改憲の必要性を確認し、なにより「議論の深まり」への期待を表明し、和やかな空気で締めくくられました。
講演会終了後、舞台に戻ってきたケント・ギルバードさんは、観客とのツーショットの記念撮影に応じられていました。
足立総支部連合会 政調副会長/会計